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52.抱き枕

背骨の病気で、椎間板ヘルニヤとかスベリ症(脊柱管狭窄症)などを良く聞きますが、これらは全て背骨の構造を無視した動きから発症していると言われています。脊椎は椎体という骨と椎間板というクッションから出来ています(椎弓板や突起部を省いて説明しています)。そして脊椎は全体として湾曲しています。頸椎の部分は前方に膨らむように、胸椎の部分は後方に膨らむように、腰椎の部分は前方に膨らむように、脊椎全体としては、くねくねとしています。  

 

一方、上肢や下肢の筋肉は、脊椎の近くで、上肢に関わる筋肉の先端が腰のあたりに、下肢に関わる筋肉の先端が胸のあたりに繋がっています。そして、筋肉は縮まることしかできないのです。腹筋や背筋などの体幹部に力が入ると脊椎を上下に縮めるような力がかかります。この結果、何が起こるでしょうか。1つ目は、椎間板が上下に押しつぶされることです。2つ目は椎間板が椎体と椎体の並びよりも外に押し出されてしまうことです。脊椎全体が曲線を描いていますので、上下からの圧力を受けると、曲りがひどくなりやすく、椎間板が外に出やすくなるのです。腹筋や背筋を鍛えることは、脊椎を上下から押しつぶす力を強めることになっているのです。

 

これを防ぐためにはどうすれば良いでしょうか。それは背骨の前にあるお腹の力を使って腰椎が前に来るのを防ぐことです。腹式呼吸をして、腹圧を強め、その力で腰椎が前に来ないようにするのです。また、首筋を真っ直ぐに立てて頸椎が前に来るのを防ぐのです。両方ができれば、背筋が真っ直ぐになって、きれいな姿勢になります。

 

先生は、この動きを実感させるため、大きな「抱き枕」を想像するようにいいました。高さは背丈以上もあり、太さは両手でも手が回りきらない抱き枕です。この抱き枕を、立ったまま抱えた状態から、抱き枕が膨らんでくることを想像します。抱き枕が大きくなるにつれて、両手は次第に開いていきます。身体全体も、頭も後ろへ押されていきます。背中の筋肉が伸び、背中がひろがっていきます。更にこの状態から抱き枕が左に回転します。これにつれて、背中は右に回転し指先は左に回転します。元に戻して、今度は抱き枕は右に回転します。背中は左に回転し、指先は右に回転します。

 

 

先生は、このような想像に基づく動きを通して、動作の中では背中から動くことが重要であることを体験させてくれました。先生は、これを「前虚后実」と言われました。更に、動作は複雑になりました。抱き枕を左に回転させ、回転が終わるとともに体重を左足に移すのです。右足を左足に寄せた後で、今度は抱き枕を右に回転させ、回転が終わると体重を右足に移し、左足を開くのです。動作の途中で先生から注意をされました。「抱き枕の高さが低い。もっと、高さの高い抱き枕を抱えなさい。」これは、動作の中で、頭が前に傾いていたことに対する注意でした。背の高い抱き枕であれば、頭も背骨の上にあって回転しているはずです。それが出来ていなかったのだと気がつきました。そして、この運動が「雲手」の動作そのものだと気が付いたのでした。