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89.手、胴体、足

 あなたは、右手が不自由で動かさせない状態にあるとします。あなたは、今、細長いテーブルの左端について椅子に坐っているとします。テーブル上であなたの正面に、あなたの好きなリンゴがあります。あなたは、そのリンゴを掴もうとします。あなたの身体のどこが動くか考えて見ましょう。きっと、左手を動かしてリンゴを掴むでしょう。

 今度は、リンゴがあなたの正面より50cmほど右側にあるとします。あなたはどのようにして、このリンゴを掴むでしょうか。おそらく、左手を伸ばしても届かないので、上体を右に回転させてリンゴを摑むでしょう。

 更に次は、リンゴがテーブルの右端に置かれています。あなたは、どうしてもそのリンゴがほしい、そのとき、どのように動くでしょうか。おそらく、手を伸ばしても届かない、上体を回転させても届かないので、椅子から腰を浮かし、足で歩いてリンゴを摑むでしょう。

 「これが自然な身体の動きである」と先生は言われました。不自然な動きは身体に不必要な負担をかけるし、太極拳は武術であり、目には見えなくても相手と戦っているのであるから、自然な動きでなければ、相手に負けてしまう。「静」と「動」を考えた時、静も動も必要ではあるが、「以静制動(静を以って動を制す)」という言葉があるように、静を優位に考えることが大切である。同じように、「力」と「巧」を考えた時には、力に頼らないことが大切である。「以巧制勝」と言う言葉があるように自分を巧みに使うことによって自分よりも勝るものを制することが出来る。

 太極拳の練習において、もっと少ない力で手を挙げられないかというように、いつも考えることが大切であり、それは、リンゴの例で経験したように、自然な動きをもとめることである。そして、これらの動きの基本となるのが命門を緩めることである。人は、ゆったりとするときには息を吐く、椅子に腰をかけるとき、お風呂でゆったりと手足を伸ばすときなど、ハァーと息を吐くはずである。命門を後ろに支え腰を緩め沈めて息を吐く、これが身体の力を抜く基本であり、力を抜いた後、手、胴体、足の順に動く自然なからだの動きを身につけるように心掛けることが大切であると教えられました。