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90.鬆腰

 人付き合いの中で、避けられる争いは避けたいものです。注意をするにしても、相手の立場に立って考えてものを言わないと逆効果になることもあります。このことは、自分の身体に対しても同じです。身体の状態を見ながら行わないと治療のつもりがそうではなくなることになるかもしれません。いつも、自分の身体の状態をよく観察しながら練習していると、身体の変化や異常を早く感じ取ることができると先生はお話をされました。

 

 身体が発する信号を感知する状態に維持することを、いつも心がけることが大切であると先生は言われました。心を静かにし、身体の力を抜くこと、心静体鬆です。しかし、静と動、鬆と緊のどちらも必要であることは認識しておかなければなりません。そして重要なのはこれらのバランスなのです。動や緊が静や鬆より少ない方が良いということであり、必要以上に動いたり、緊張したりしないことが重要である、と言っているのです。

 

 立っている状態を長く続けていると、腰が一番緊張してくるので、腰の力を抜くことが大切です。命門后撑(ミン・メン・ホウ・チェン)という言葉があります。これは、命門を後ろに支えるという意味です。命門は、おへその背中側に位置するツボです。椅子に腰を下ろしてホッとする時、この命門は後ろに膨らみ力が抜けています。お風呂に入ってハーと息を吐いている時も同じです。このような腰の状態を維持することが大切であり、この時、私たちは息を吐いています。息を吸う時は、相手を自分の懐の中に包み込むように腹に空気を吸い込み、息を吐く時は、丹田に吐きだすようにすると教わりました。私たちは野馬分鬣(イエマーフェンゾン)の動きをしながら、繰り返しこの呼吸の仕方と腰を緩めることを練習しました。

 

 

 翌朝、私は腰が痛くなりました。力を抜く練習をして腰が痛くなるはずがないと思い、何かが間違っているはずだと思ったので、昨日の練習を丁寧に復習してみました。どこにもおかしい所には気が付きませんでした。やれやれ疲れたと椅子に腰を下ろした時、何か違うと感じました。今、椅子に腰を下ろした時と練習で腰を緩めた時の感じが違っていたのです。椅子に座った時は間違いなく腰の力は抜けていました。練習の時の動きをゆっくりしてみて気が付きました。腰を緩めているのではなく、力を入れて腰を後ろに膨らませていたのです。先生の動きを見て、その形だけをまねしていたのです。形は同じようでも身体の感覚はまるで違っていました。立った状態で、力を抜いて腰を緩めることは、簡単にできることではないことが分かりました。ときどき、これが緩んだ状態かと感じる程度でした。でも、間違いが分かったことは、とても嬉しいことでした。