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11.陰平陽秘(インピンヤンミ)

 人間の五臓の心は火であり熱く、腎は水であり冷たいとされています。頭の頂きには「百会」といツボがあり、胴体の一番下には「会陰」というツボがあります。腎から百会を経由して心に至る道は、腎の水の冷たさで、心の熱さを冷ますように働き、心から会陰を経由して腎に至る道は、心の熱さで、腎の水の冷たさを温めるように働きます。

 このように、心と腎は、通常、相互に補完して正常な状況を維持しようと働きます。ところが、前に進むことだけに意識がいくと、腎水がうまく循環せず、心火が強くなりすぎます。

 「陰平」とは、性質上へこみやすい「陰」を、平らになるまで充実させるという意味です。動作の上では、意識が前に行きやすい私たちは、背中や腰を反らせて、「腎」の辺りをへこませがちですから、そこを平らになるまで後ろに膨らませます。

また、「陽秘」とは、やはり性質的に前に出やすい「陽」を少し押さえるという意味です。動作上は「心」の辺り、つまり胸を突き出さず、ほっとなでおろした状態にします。

つまり、全体に前に出やすい姿勢や動きを、少し後ろに落ち着かせるようにします。

 太極拳の動きの中で説明します。左足前の弓歩のとき、右足は伸びきっており、右腰の上の背中は突っ張っています。この時、腎の位置は奥に引っ込んでいます。この状態では動きが取れないので、体重を後ろに戻し、体重を両足に半々にかけたとき、右足は緩み、腎の位置は膨らんできて平らな状態(「陰平」)になります。また、弓歩のときは、胸は張りやすく、すなわち、心は前に出ている状態にあります。腰を緩め、両足に体重を半々にかけたとき、胸は引っ込み(「陽秘」)、胸前に大きな空間ができます。このように、弓歩から体重を後ろに下げる動作だけで、心の熱を冷やし、腎の冷たさを温める役割を果たしているのです。

 

 太極拳では、全体を通して、腰を緩め、腎の位置を後ろに張るようにすることが大切です。そのために必要なのが「縮胯(スオクア)」の状態を保つことです。縮胯の状態とは、胴体に対して大腿部が前に出ている状態です。たとえば、弓歩から体重を後ろに下げるとき、右足に乗って、左足を前に出そうとするとき、弓歩から後ろの足を半歩前に寄せるときなど、縮胯を要求されるところはたくさんあります。陰平陽秘につながる縮胯を意識して練習をしましょう。